メキシコシティ国立人類学博物館への行き方!

メキシコシティの国立人類学博物館。メキシコにある遺跡で発掘された重要な石像や壁画はここに集められているそうです。

スポンサーリンク

僕の泊まっているペンションアミーゴのある地下鉄「Revolucion」駅からは「Tacuba」駅で一度乗り換えて「Auditorio」駅で下車。

駅を出て目の前の大通りを右に歩いて行くと、左手に国立人類学博物館が見えてきます。

 

P1010600

国立人類学博物館の入口。建物の中に入るのにセキュリティチェックがあります。

チェックしたにもかかわらず、リュックを荷物置場に預けるよう指示されました。かなり厳重にチェックしているようです。

ちなみに荷物置き場は中に入って左側にあります。無料です。

 

P1010601

チケット(64ペソ)を購入して博物館の中へ。立派なオブジェのような屋根が素敵です。

受付で館内の地図をもらえるので、手ぶらで来てしまった方はそちらで地図をもらいましょう。地図をもらったからといって、何か有益な情報が書いてあるわけではありませんのであしからず。

 

P1010606

この博物館に入ってまず驚いたことは、解説がスペイン語のみだということ。まあ英語の解説があったからといって正しく理解できるかどうかは別の話として、スペイン語だけというのはちょっと親切じゃないなと思いました。(追加料金を支払えば英語の音声案内機を貸してもらえます)

 

テオティワカン

P1010609

紀元前2世紀から6世紀まで栄えていたテオティワカン文明。そんな昔から文明が発達していたこともすごいのですが、その時の都市が遺跡として現在まで残っていることもまたすごいことですよね。アテネにあるパルテノン神殿と同じくらい歴史があるってことですからね。

これはケツァルコアトル神殿のレプリカ。ものすごい大きかったです。僕はこのあとテオティワカン遺跡に行ってきたのですが、ほとんど崩れることなくこのままの状態で残っていました。色だけは残っていませんでしたけど。

 

P1010616

月のピラミッドの前に建っていた雨神チャルティトゥリクエの像。この博物館にあるのがオリジナルで、テオティワカン遺跡の入口には堂々と偽物(レプリカ)が飾られえていました。行った人ならわかると思いますが、レプリカは深みのない石像といった感じでした。

 

P1010614

このテオティワカン文明では生け贄を捧げる風習があったそうです。恐ろしいですね。本当にこの時代の日本に生まれてきてよかったと改めて思いました。

スポンサーリンク

トルテカ

P1010622

テオティワカン文明が滅びた後、7世紀~12世紀頃に栄えていたトルテカ文明。日本で言うところの飛鳥時代、奈良時代、平安時代の頃です。

こちらはカカシュトラの壁画。約1000年以上前に描かれたはずなのに、現在でもここまで色鮮やかに残っているのです。

 

P1010626

トルテカの娯楽にペロータというものがあります。2チームに別れてゴムボールを打ち合い、この穴にボールを通した回数を競うという競技。

その模様を館内にあった映像で見たのですが、サッカーとバスケットボールとテニスを足したようなそんな競技でした。

 

メヒカ(アステカ)

P1010634

アステカの首都テノチティトランの模型図。テノチティトランはテスココ湖という湖に浮かぶ島だったのですが、スペインに征服されたときにその湖は埋め立てられてしまったんだそうです。それが今のメキシコシティ。

テノチティトランはソカロ周辺のだったみたいなので、今僕がいる場所(ペンションアミーゴ)は湖だった場所なのかもしれません。

 

P1010637

アステカの暦を図形化した直径3.6mもある巨大な太陽の石(アステカ・カレンダー)。この暦の1ヶ月は20日間で1年が18ヶ月に分けられていたそうです(+空白の5日で365日)。

このカレンダーをもとに、節目ごとに生け贄を捧げる祭事を行っていたそうです。この時代に生まれてこなくて本当によかったです。

 

P1010638

アステカ人が敬っていたコアトリクエ象。信じる者は救われるとは言ったものですが、生け贄の儀式はやり過ぎのような気がするのは、この時代の日本に生まれてきた平和ボケした日本人だからでしょうか。

そもそも生け贄の儀式を信じたところで生け贄になった人は救われませんよね。戦争の時代でいう「お国のために」という精神に通ずるものがあるのかもしれません。

 

P1010639

とりあえずこれで半分のところまでやってきました。残りの半分+民俗学の記事はこちら

    スポンサーリンク


    コメントを残す