ナポリからポンペイ遺跡へ日帰り観光!電車での行き方!

ローマからナポリへやってきました。ナポリはあまり観光するところがなさそうなのでポンペイ遺跡に日帰りで観光しに行ってきました。

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ローマからナポリへ

その前に、昨日の事件の続きから。

ローマでの夜、6人部屋のドミトリーで寝ていたんです。毎日歩きっぱなしで観光していたので疲れていたし、前日の野宿の件もあって爆睡していたんです。そしたら、夜中にガァァーって空襲にあったんじゃないかって音がして目が覚めたんです。

実はそれ、おじさんのいびきだったんですけど、今まで聞いたことのないレベルの音量でして。他の4人も全員目が覚めてしまって、最初は一緒に爆笑していたんですけど、さすがに寝れないということで起こすことにしたんです。

でも、何度体を揺すっても起きる気配がなくて。もしイビキかいていなかったら、もうあっちの世界に行ってしまったのかもしれない、って疑うくらい反応がなかったんです。

そこからはさすが白人の若者たちという感じで、おじさんに向かって枕とか思いっきり投げてました。無駄な努力でしたけどね。たぶん、酔っ払って深い眠りについていたんだと思います。

みんな布団にくるまって朝を迎えることになりますが、もちろんまともに寝る事ができませんでした。結局、朝の8時にホステルを出発するときにも、おじさんはイビキをかいていました。

 

ローマからナポリはALTA VELOCITAという高速列車でわずか1時間10分で到着します。

 

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ナポリは結構ごちゃごちゃした街でした。

 

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ナポリと聞くとナポリタンを思い出しますが、あれは日本で勝手に作られたものみたいです。

 

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ナポリはピザの発祥の地ということで、ホステルの人がおすすめするナポリでも人気のピザ屋で1枚4ユーロのマルゲリータを食べて、ポンペイへ向かいます。

おそらく、ミシュランに認定されているお店のピザを、こんなにも不味そうに写真を撮れるのは、この世で僕ぐらいではないでしょうか。

 

ポンペイ

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ナポリからポンペイへ電車で行くには2通りの方法があります。

どちらもナポリ駅から出発するのですが、一つはヴェスヴィオ周遊鉄道に乗ってヴィッラ・ディ・ミステリ駅で降りる方法。

もう一つは、路線の名前は分かりませんが、ポンペイ駅で降りる方法です。こちらはトーマスクックにも載っていて、レイルパスがあれば無料で乗ることができます。30分〜1時間に1本のペースで運行していました。

 

ポンペイ遺跡の入口はヴィッラ・ディ・ミステリ駅のすぐ側にあり、ポンペイ駅からは20分くらい歩きます。

 

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遺跡にやってきました。入場料は11ユーロです。

 

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ローマにあったコロッセオのような円形闘技場がありました。

 

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奥に見える山こそ、ポンペイを滅亡させたヴェスヴィオ火山です。

 

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紀元79年8月24日、ヴェスヴィオ山が大噴火を起こしました。噴火開始からわずか19時間で火砕流と火山灰によって街全体は埋もれてしまいました。

 

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富士山が噴火してしまったら、静岡や山梨の一部地域もこうのようなことが起こりうるわけですからね。不安になります。

 

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ポンペイ遺跡はとにかく広くて1日かけてようやく全部見て回れるくらいだと思います。それでも、まだ1/3は発掘されていないと言われています。

 

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1700年代に発掘が開始されるまで、ポンペイはずっと埋もれていました。そのお陰かもしれませんが、アテネやローマでは見られなかった住宅街の遺跡が残っています。

 

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立派な松の木です。

 

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こんなに立派な街が日本の弥生時代にはできていたんですからね。卑弥呼もびっくりです。

 

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宗教、政治、経済活動の中心であったフォロ。

 

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フォロ一帯には立派な建造物が立ち並んでいました。

 

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これがあの有名な石膏像です。灰に埋もれて命を落とした人たちの肉体は、長い年月を経て朽ちていき、灰の中で空洞だけが残ります。そこに石膏を流し込んで作られたものです。

何体か展示されていたのですが、どれも苦しそうな表情をしていたり、ポーズをとっていました。

 

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ユピテル神殿。右の柱は大噴火にも耐え2000年近く立ち続けているわけですから、もう何が起きても一生倒れることはないと思います。

 

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もう少し何か良い方法があったのでは…

 

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スタビアーネ浴場。真ん中の芝が運動場で周りに浴場があったみたいです。あの有名な古代ローマの公衆浴場は芝の部分が浴場になっているタイプなので、間違えてしまいそうです。

 

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左側には円形劇場が見えます。アテネにもありましたが、この時代でも演劇は流行っていたんですね。

 

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アルファベットの文字が書かれていました。歴史を感じます。

 

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これが灰に埋もれつつも2000年近くもの間、残っているわけですからね。感慨深いです。

 

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全部を周りきることはできませんでしたが、ポンペイは古代から進んだ文明生活をしていたことがわかりましたし、また、火山の恐ろしさというのも十分に理解することができました。富士山という休火山を抱える日本人として、ポンペイ遺跡を訪れて考えさせられることはたくさんあると思います。

 

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