
ブラジル最終日。セントロとリベルダージ地区を散策してきました。
セントロ(旧市街)
僕の泊まっているリベルダージ地区からも見えるほど大きなカテドラル・メトロポリターナ。
近くにある信号にはカテドラル・メトロポリターナの模様が描かれていました。かわいいですね。
サン・ベント教会。タイミングが悪かったのか、中に入ることができませんでした。
働いている方に何で入れないのかを質問してみたんですけど、これ以上ないというくらい豪快に無視されるという…。中南米を旅してきて無視されることはあまりなかったので、ちょっぴりセンチな気分になりました。
奥に見えるエンパイア・ステート・ビルディングみたいな建物がアルティーノ・アランテス・ビルです。前日、展望台に行こうとしたけど入れなかったあの建物です。
サンパウロの展望台は「CIRCOLO ITALIANO」というビルがおすすめです。毎日17時から無料で入れます(何時までかはわかりません)。
ノッサ・セニョーラ・コンソラソン教会。地球の歩き方で紹介されていなかったのですが、内装がすごく綺麗だったのでおすすめの教会です。
たまたま教会の中に入ったときに中国人の団体客がすれ違いで外へ出ていきました。珍しいなと思いつつも椅子に腰掛けながら休憩していると、館長みたいな人が「みんな外出て行ったぞ」とわざわざ伝えにきてくれたのです。せっかく親切に教えにきてくれたのに拒むのも申し訳なかったので、滞在時間わずか一分足らずで後にした、というのがノッサ・セニョーラ・コンソラソン教会での思い出となっています。
リベルダージ地区
宿(ホテル一成)のあるリベルダージ地区。東洋人街と言われているだけあって、日本のお城みたいにな銀行がありました。
信号には鳥居だったり、
提灯が描かれていたり。
もともとリベルダージ地区は日本人街として知られていたのですが、中国人や韓国人が急増したことで、2004年からは東洋人街と呼ばれるようになりました。
リベルダージには日本のお店がたくさん軒を連ねていて日本にいるかのような錯覚に陥るのですが、その多くは中国人のオーナーが経営しているみたいです。見た目は日本なのに、中身は中国みたいな不思議な街になっています。
日本の協力で治安が改善された?
今から約20年ほど前のサンパウロは世界で一番犯罪率が高く、戦争状態よりも危険とまで言われていていました。
犯罪者を力で押さえ込む対決型の取り締まりをしていた当時、犯罪件数を減らすことが出来ず。そこでサンパウロ州警察が取り入れたのが日本の交番システムだったのです。
地域パトロールをすることで住民が気軽に相談できる環境を作り、犯罪の芽を摘むことができるようになりました。警察として信頼されないことには犯罪が減らない、というのが日本の警察の教えが実を結び犯罪数は激減しました。
今では中米の5ヵ国(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ)に対して治安改善の協力まで行うほどまでにサンパウロ州警察は世界的に評価されています。
他国に協力する前に近くの大都市(リオデジャネイロ)の治安改善の協力をすることが急務だろ!とツッコミたくなる気持ちもありますが、とにかく世界一危険だったサンパウロの治安が改善されたことは、住民にとっても観光客にとってもありがたいことだと思います。
ブラジル最後の晩餐。フェルナンダとラーメンを食べに行きました。お店の名前はわかりませんが、リベルダージにあるこのお店の味噌バターコーンラーメンがすごく美味しかったです。ペルーで食べたナルトという店のラーメンとこの店のラーメンは日本でも売れると思います。
二次会は一昨日飲みに飲んだあの日本食屋へ。再びカイピリーニャというブラジルのカクテルを注文しました。
僕のことを覚えていてくれたお店の方(ブラジル人)が、サーモンの刺し身をサービスで出してくれました。
さらに日本酒までタダで出してくれました。
ここまで親切にされると逆に心配になりますよね。たくさん飲ませて、またたくさん酒を注文させようという魂胆なのかなと考えてみたり、、というのは冗談で、ハチマキ姿の彼を見ていたら、地球の裏側にも親切な人がいるんだなと本当に嬉しかったです。
ブラジル最後の夜も良い思い出ができました。
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